臨津閣は1950年6月25日に勃発した韓国戦争とそれ以後の民族対立による悲しみが刻まれている場所です。
臨津江地区戦跡碑、米軍参戦碑など各種戦跡碑と1983年にミャンマーのアウンサン国立墓所で参拝中、北傀儡の爆弾テロで死亡した17名の外交使節を追悼する慰霊塔、1987年金浦国際空港爆発事故の犠牲者の追悼碑などがあります。南北分断によって故郷へ帰ることのできない500万とも1000万ともいわれる人々が望拝壇(マンペダン)で故郷を思いながらチェサ(祭祀)を行います。